2009年04月30日

Over The Rainbow を観て来た。

リッチー・ブラックモアの息子さん、ユルゲン・ブラックモアが、歴代のレインボウのメンバーさん達と一緒に来日公演しているのを、大阪公演を観に行った人のブログを読んで発見。

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全く行くつもりは無かったのですが、当日ヒマだったので気が変わって、急遽当日券で観ることにしました。

ユルゲン・ブラックモアは、最初の奥さんとの間に生まれた1964年生まれのドイツ人です。
(キャンディス・ナイトは4人目の奥さんだったか? ユルゲン・ブラックモアにとっては年下の継母ですね。)

会場のダイヤモンドホールは、この間行ったアポロシアターの数10m横といった距離です。経営者も一緒のようです。

こんな感じの距離です。

アポロシアター、すぐ横にオレンジ色の「郵便局」の看板。
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ここがダイヤモンドホールの入り口です。

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入り口の脇には「Over The Rainbow」のポスターがありました。

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Tony Carey (Rainbow 1975-1978) 、Joe Lynn Turner (Rainbow 1980-1984) 、Bobby Rondinelli (Rainbow 1980-1983) 、Greg Smith (Rainbow 1994-1997)といった歴代のレインボウ在籍メンバーとJ.R. Blackmore が一緒に組んだ、レインボウのコピバンです。

「Over The Rainbow」は、映画「オズの魔法使い」でジュディー・ガーランドが歌った曲でしたが、「虹の彼方へ」という邦題です。
でも、今回は「レインボウを超えるバンド」という意気込みがあるのかも。(?)

オールスタンディングの前から3列目という好位置に場所取りができました。ギターアンプの真ん前あたりです。

アンプは「EVH/エディ・ヴァン・ヘイレンの5150III」のヘッド2個に、スピーカーキャビネットは4つでした。

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ギターはジャクソンのモデルで、ハムバッカーがフロントもリアにも付いている仕様で、ストラトっぽいシェイプではあるものの、リッチーのシングルピックアップとは異なる音でした。
これら機材からも父親の真似はしていない路線です。
足元のエフェクターは、モニターの後ろだったので見えませんでした。

1曲目はセカンドアルバムのオープニング、「タロットウーマン」からでした。2曲目は「キルザキング」と続き、最後まで全曲レインボウの曲で、ユルゲン・ブラックモア本人の曲は演奏しませんでした。

しかし、この人、目の周囲とか鼻の形がリッチー・ブラックモアにそっくりで、横顔は見間違えるほど似ていました。
父親の近影は見ていませんが、身体の横幅は父親よりもありそうです。^^;

リッチーとは異なって、ステージアクションも無く、先日アポロシアターで観た「エアロざます。」の「お嬢ペリー」さんの方がカッコ良かった感じです。
テクニックも特にスゴイという感じではなく無難で安定したプレイ。何となく、関西方面のHR/HMセッションで知り合ったギタリストさん数人のほうが、上手なのではないかと思いました。

ある意味、全曲が僕でも知っているレインボウの曲ばかりで楽しめましたけど、なんか複雑でした。
世襲の国会議員のような、、、、。

親の名前と風貌が似ているだけでレインボウに在籍したメンバーを集めることが出来て、海外で演奏をすることが出来るというのが、ちょっと気分的にひっかかっていたのでした。

でも、彼のサイト を見て、それは誤解だったことが分かりました。
ユルゲン・ブラックモアさん、ゴメンナサイ。

上のサイトに書いてあるのは、ジョーとボビーから、このプロジェクトの電話があったとき、この手のことはやりたくなかったので「ちょっと時間をくれ」と言ったとのこと。何度か電話があったときに、父親のリッチーに相談したら「やれよ」と言われて一歩を踏み出したそうです。

ファンからも「やってほしい」という声を聞いたり、「レインボウ」を見るチャンスが無かったという人たちにも会って、ジョーとドイツで会ったらナイスガイだったので「OK」と答えたとのこと。

ただ、このバンドでは父親であるリッチーの代役には「絶対に」なりたくないけど、リッチーは二度と「レインボウ」をやる気がないので、観たかったファンのために一度だけこのプロジェクトに参加します。と、いうようなことが書いてありました。
きっと、昔から父親であるリッチー・ブラックモアと比較されてきたのでしょう。

偉大な長嶋茂雄を父親に持って、プロ野球で挫折した長嶋一茂のような立場なのかもしれませんね。

長嶋一茂のことを書いた「三流」という本を前に読んだことがありました。リトルリーグに入団したら新聞記者に囲まれてしまい、やめざるを得ず、野球を始めたのが高校からという不運や、プロになった後も野村監督から嫌われて使ってもらえなかったり、最後は心因性からくる病気になってしまい、読んだ後に「世の中、頑張ってもダメなことはある」と思ったものでした。読みやすく一気に読んでしまい、読後感は良かったです。社会生活に疲れた人にもイチ押しの本です。
ぐぐったら感想を書いている方がいました。

で、「Over The Rainbow」であるが、僕が好きな「スター・ゲイザー」も聴くことができたし、かなり楽しめました。全部知っている曲だったし。

この日はジョー・リン・ターナーへの声援が多く、ジョーのファンが多かったように思いました。

アンコールで出て来たときには、ジョー・リン・ターナーが「ナゴヤ!」、「ヤマチャン!」と言ってました。レスペ仲間のKumaさんによると、ジョーは「世界の山ちゃん」の手羽先が大好物らしい。

アンコールは「シンスユーヴビーンゴーン」、「ストーンコールド」、「アイサレンダー」の3曲。
2回目のアンコールは「オールナイトロング」で終了。全部で2時間弱のライブでした。

打ち上げは、すぐ近くの新栄の「世界の山ちゃん」といったところだったのでしょうか。(笑)
posted by マット at 21:12| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

アートロックナイト、Vol. 50に行って来た。

じゃんきーさんからお誘いメッセを戴き、ART ROCK NIGHTを観に行ってきました。

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前回行ったのが40回目のときだったので、久しぶりです。

じゃんきーさんのバンドはトリで、20時半からとのことだったので、余裕を持って出かける予定でしたが、結局最初のバンドを見逃がしただけでした。

入場したら、ちょうどポリスのコピバン(THE POLYPE)が演奏してました。
スティング役の人がベースを弾いて歌ってましたが、なかなか上手で雰囲気が出ていました。
しかしMCにて話しを聞いたところでは、普段はベースではなくレスポール弾いてZepとかやっているらしいです。

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次がモントローズのコピバン(ROCK STEADY)。

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エアロスミスのコピバン(エアロざます。)は、ギターが二人とも女性でした。

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右側のジョー・ペリー役のヒトが、ステージアクションとかがカッコ良かったです。華がありました。

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やはりギタリストは、ステージで動いた方がカッコ良くていいですね。
そういう僕は、直立不動で指板を見ないと弾けないですけど。(汗)

さて、いよいよ最後はMr.BIGのコピバン(Mr.Dick)。

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しかしこのネーミング、、、、、きっとじゃんきーさんが付けたに違いない!(失礼しました)

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僕はじゃんきーさんのベースは、エイジアのコピバン「詠時感」や一発合わせセッションでしか見たことがなかったのですが、今回弾きまくりでカッコ良かったです。

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他のメンバーが誰なのか知らずに行ったのですが、ギタリストは元「六合」の、みやっちさんでした。
初期ジェネシスでスティーブ・ハケットがかけていた様な、黒ぶちのメガネをかけていたので、2〜3曲目まで気づきませんでした。(汗)

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この後、じゃんきーさんと、みやっちさんで電動ドリル奏法も披露していました。最前列で間近で観たから読めましたが、ドリルに白いテープを貼って小さく平仮名で「まきた」と書いてありました。(笑)
posted by マット at 10:45| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月18日

アラン・ホールズワースがソロを弾くハイウェイスター。

ディープ・パープルの曲とアラン・ホールズワースという意外な組み合わせが何だか面白いです。
ギターソロをギターで、キーボードソロをシンタックス(ギターシンセサイザーの一種)で弾いています。
なんでも、このシンタックスは普通のギターとは違う場所をピッキングしなければならないので、かなり弾くのが難しいとか。
ギターシンセ自体で鍵盤の音は、以前忍者さんがピアノの音そのものを出していたのにびっくりしたことがあったので、この程度では驚きませんが。



僕はアラン・ホールズワースはUKの頃から好きになったのですが、アルバム「Hard Hat Area」よりも後の、ジャズ風味が強まったあたりから聴かなくなりました。

それでも、だいぶ前に来日してボトムラインでトリオで演奏した時に観に行ったのですが、やはりジャズでダメでした。(ファンの方、ゴメンナサイ。)今でも、UKのファーストとか、その後のビル・ブラッフォードのソロでのロック風味のあるギターは大好きなのですが。

ご本人の教則ビデオを買ったこともありました。難しくて手放しましたが、その際に付属していた何種類ものホールズワース氏のスケールが書いてある表を付けるのを忘れてしまい(バナナレコードさん、ゴメンナサイ)、後日それだけヤフオクに出品したらそこそこの価格で売れたことがありました。
とにかく変なスケール表だった記憶がありますが、それがあの独特な音階の秘密だったわけです。
posted by マット at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

本場米国LAで活躍した日本人ギタリストさん

このブログ、Mixiにも貼っているので、そちらからアクセスしている方もいらっしゃることと思います。

昨年の7月のこと、知らない方から突然Mixiでマイミク申請のメッセージを戴きました。(Mixiに入会してない方に補足説明しますと、「マイミク」というのはMixiでの「友人」のことです。)
僕の場合、殆どの方が実際にセッション等でお会いした方でして、そうでない場合も、ネット上での知り合いであることが基本にしています。セッションで知り合った方でも、いまさら感があって「マイミク」でない方々も多々いますが。(笑)

で、昨年の7月に話を戻しますが、僕のMixiのトップページにはKzのレスペを弾いている写真を掲載していたのですが、「ギルドのレッドスペシャルですか?」の質問を伴ってのいきなりのマイミク申請でした。
レスペに興味があるならいきなりでもOKかな、と思ってマイミク承認するつもりで、その方のトップページを訪問してみたら経歴にびっくりしました。僕は前にも書いたようにLAメタルが流行った時代にはロック聴いていなかったので殆ど知識が無いのですが、その時代に単身アメリカに渡りご活躍していたようです。

マイミク申請を戴いた、表題に書いたその方は、ときどき弊ブログにコメントしてくれる「Sammyさん」なのですが、下記経歴はスゴイと思います。日本人が欧米のバンドで活躍するというのは、プロ志向のギタリストさん達にとっては夢のようなことではと思います。

1987年から始まっていますが、その前にはサンフランシスコ近郊のUnivercity of California のバークレイ校の寮に居住していたこともあったとか。

1987 ロス・アンゼルスへ移住。
1988 元ジャック・スターズ・バーニング・スターのキース・フラックスと元シンのマーク・ベネットとミーン・ビジネスを結成。
1989 元アイコンのスティーブン・サーキ、キング・コブラのメンバーとバンドを結成。
1989 MALTEZEへ加入。Gold Recordsと契約しファースト・アルバム"Count Your Blessing"を全世界でリリース。 Y&T、アルカトラズ、ヘリオン、ウオー&ピースとツアーする。
1991 旧友キース・フラックス(元パンサー、サンダー)、マックス・コバヤカワ(元マグナム44)、フランキー・アンソニー(元パンサー、WWV)とVALHALLA" 結成。
1992 ファースト・アルバム発表。スコーピオンズ、ボン・ジョビのマネージャー、ドグ・マギーの支援を受ける。
1993 バンドを脱退し、元キャツ・アンド・ブーツのランディー・メアーズとバンド結成する予定だったがボーカリストの事故死により実現しなかった。
1994 Axia / Rittor Music Award 1994でベスト・ギタリスト賞を受賞する。その後引退。
2004 Starting over.
2006 日本へ帰国


SammyさんのMALTEZE時代(1990年頃?)の動画です。カッコイイですよね。



1994年に極めた時に引退してしまい、2004年にギター弾くのを復活したようです。1994年にやめた理由は聞いていないですが、先日のクイーンのネタを書いた時でのジョン・ディーコンのように「はりあいが無くなった」のかもしれません。そんなSammyさんからコメント欄でジョン・ディーコンについて「またプレイするでしょう!」と書いてもらったので、なんとなくジョンの復活にも期待してしまいます。^^

そんなサミー・フジマキさんの公式ウエブサイトはこちらです。

上記動画で半裸のヴォーカル、Barbara Maltezeさんは今はどうしているかと思ってぐぐって見たらびっくり。

現在は芸風を変えて、今はテキサスでサザンロックをやっているようです。

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上のサイトを見ると、「Malteze's past as L.A. heavy metal vocalist/songwriter for her self-titled band, Malteze, is still very much alive in Europe, as evidenced by a 3-page 2003 interview in Metal Maidens Magazine (Netherlands), the 2006 worldwide vinyl LP release of Count Your Blessings by Femetal Records, and a recent interview with "Heavy" Magazine (the 2nd largest heavy metal magazine in Germany), for the Nov. 2006 issue. 」と書いてあるので、サミーさんが在籍していたバンドは、今でもヨーロッパでは人気があるようですね。

Barbara Maltezeさんのmyspaceも見つけましたが、20年近く前にバリバリのLAメタルやってて36歳って年齢、サバ読んでませんか?(笑)
posted by マット at 20:07| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

Queenの「Magic Years, 栄光の軌跡」を観た。

ビデオの処分をしようと考え、最後にと思って久しぶりに表題ビデオ3本組みを見ました。初期から85年のライブエイド、そして86年のマジックツアーまで。なかなか見応えがありました。

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ブライアンと、今は亡きお父さんが一緒にレッドスペシャルの説明をしているシーンもありました。ブライアンはネックを指さして、200年以上暖炉に使われていた木を使ったことの表現に「ファイヤープレイス」と言っていました。ちなみに、レスペファンに有名な日本の某サイトによると、ネックの木は暖炉に使われていたせいか乾燥状態が抜群だったので、1998年にグレッグ・フライヤーがレッド・スペシャル大修復を行った際には、造られてから30年以上経過していたにも関わらずネックは全く反っていなくてトラスロッドも指で回せる様な状態だったとのことです。(不良品ではないのか?>トラスロッド)

そういえば、レッドスペシャルという名前が定着したのは90年代中頃以降だと思うのですが、それまでは「ブライアン・メイのギター」という呼び方が多かったように思います。「レッドスペシャル」が定着する前には「ファイヤープレイス」という呼び名を書いていた雑誌もありましたが、もしかしたらこっちのほうがカッコよかったような気もします。

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僕がこのビデオを初めて見たのは1988年頃?に、レンタルビデオ屋で借りたものでした。「ミラクル」がリリースされたのが1989年で、メンバーが休んでいた時期であるが、この間にフレディー・マーキュリーは「バルセロナ」をリリースしていて、これもレンタルで借りました。(買えよ>自分。)今は持ってるけど^^

日本での初来日、後にブライアンが「日本に着いた瞬間、僕たちはビートルズになった。でも、イギリスに帰ったら相変わらずの貧乏生活。」と語っていた日本での初公演やお茶会、記者会見等の映像も久々に見て懐かしかったです。羽田空港での出迎えの女の子達は中学生ぐらいの子が多く、当時観た時と比べて自分が齢くったせいか、追っかけのファンが子供のように見えました。(汗)
そういえば、僕が高校生の時にも恥ずかしくて「クイーンが好き」とは堂々と言えない雰囲気があったのを思い出しました。^^;
やはり男なら、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンだろうという雰囲気。こうして、当時は男のクイーンファンは地下深く潜って行ったのであった。(笑)

上の写真の3本組みは1992年に再発されたものでして、レンタルで借りたオリジナルとは少しだけ異なって日本向け?になっているように思いました。
日本語字幕があるのは普通としても、画面にメンバーへの日本語のみが書かれている質問とかが挿入されていました。
あと、コピーライトが1997年となっているのに、3巻目の最後に字幕で「1998年、クイーンは再び活動を始めた」というようなことが書いてありましたが、オリジナルには無かったような気がします。(自信なし。^^;)

これの3巻目を観ていて思ったのですが、現在ジョン・ディーコンが引退してしまったことを象徴しているような発言をしているのに気が付きました。マジック・ツアーの時点で、やりたかったことを成し遂げて、なんだかはりあいが無くなったというようなことを言っていました。

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この時点で、すでにジョン・ディーコンは、もうやめてもいいと思っていたのではないでしょうか。
そのあと、気を取り直して再び活躍するミュージシャンも多いのでしょうが、フレディー・マーキュリーがいなくなったことで「もういいや」という気持ちになったのも頷けるような気がします。

でも、現在も活動しているブライアンとロジャーと一緒に、もう一度活躍するジョンの姿を見てみたいです。
posted by マット at 23:19| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

コージー・パウエル没後11年

気がつくのが遅れましたが、4月5日はコージー・パウエルの亡くなった日でした。
昨年も「アニバーサリー」という英語は、目出度くない時にも使うことを初めて知ったと書きましたが、あれからもう1年が経過したとは、時間の経過が速すぎます。

ブライアン・メイの公式サイトを見て、コージーが1998年のブライアンのソロアルバムに参加したタイトルトラック、「アナザ・ワールド」の歌詞が書かれているのを発見しました。
この詩は亡くなった方へ向けての言葉としても、意味が解釈出来るわけですね。
posted by マット at 21:00| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

BEATLESの格安CD、内容見ないで購入して失敗。

僕はあまりビートルズのCDを持っていない。「レットイットビー」と「マジカルミステリーツアー」だけである。
この2枚以外も聞いたことはあるし、有名な曲は知っているけど、後期のビートルズが好きなので、初期の曲は知らない曲が多い。

しかし、ネットでビートルズセッションの集まりとかを見ると、初期の曲を演奏していることが多いように見えます。誰でも知っている初期の曲ぐらいは覚えたい(できれば弾けるようになっておきたい)という願望が潜在的にありました。

先日、中古盤で「THE BEATLES 1964−1966」というのを350円で売っていたので、どういう曲が入っているかとか全く見ずに購入しました。
家でジャケットを見たら、小さく「PRESS CONFERENCES」と書いてありました。orz

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記者会見の模様が延々21曲(曲ではないか、^^;)収録されていました。
まぁ、英語のヒアリングが良くなるかもしれないしいいか、と思って通勤時に車で聴いていたら突然日本語が。

日本人記者の話し方が、テレビで見る東京オリンピックの頃の感じと似ていて、また質問内容にも時代を感じさせるものがあります。(笑)



ジャケ写真見ると、それほど長髪には見えないけど、当時はまだアメリカでも長髪の人は少なかったのでしょうか。
話し声を聞いただけでリンゴなのかジョージなのか僕にはわかりませんでしたが、「次はハゲ頭にしようかと思っている。」と茶化した回答をしていました。
posted by マット at 13:44| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月03日

ケルト音楽の調べ、宇井かおりライブを観た。

この前の日曜日、八事ハウジングで行われた 宇井かおりさんのフリーコンサートを観てきました。

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メンバーは下記3人。ケルト音楽を中心に宇井かおりさん御自身の曲も演奏されました。

歌:宇井かおり
ヴァイオリン:西村泳子
ピアノ:牧野麗

撮影禁止とのアナウンスがあったので、開演前の写真だけ撮りました。
着いた時にはすでに殆ど満席。

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野外コンサートだったので、ビーグルの「ディア」を連れて行ったこともあり、一番後ろの木の下に座って鑑賞しました。

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宇井さんのMCで、僕が好きなアルバム「セレンディピティ」に収録されている「はばたきの歌」は、弟さんのために作った曲だということを、この日初めて知りました。

アンコール前のラストの曲は、映画「タイタニック」をイメージした3部構成でアレンジした曲でした。港から出発するシーン、3等船室でケルト音楽でダンスしているシーン、そしてラストにセリーヌ・ディオンが歌って大ヒットした「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」。
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この日の僕の失敗は、騒がしいロックコンサートではなくて静かなライブなのに、野外ということで犬を連れていったことでした。

それまでおとなしくしていたのに、宇井さんが歌う「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」の途中で、いきなり「ワン!」とひと吠え。周囲の方々および歌っていた宇井かおりさん、スミマセンでした。もう犬は連れて行きません!(汗)

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アンコールは、「アメージング・グレース」で終了。トータルで1時間ほどでしたが、素晴らしい至福の時間を過ごすことができました。

思うに、僕は宇井さんのライブで、二つの楽器が演奏されるところを観たのは初めてだと思います。歌+アコギ、または歌+ピアノしか観たことがありませんでした。今回はピアノに加えて、西村泳子さんのヴァイオリンが、宇井さんの歌声とケルト音楽をひきたてていたと思いました。

ライブ終了後、宇井さんのライブで何度かお会いして顔見知りになった方々数人と、30分ぐらい立ち話をしてから帰宅しました。

夜はアポロシアターにARNを見に行こうかと思ってましたが、帰ったら、うたた寝をしてしまい開演に間に合わなそうなので行くのをやめました。
posted by マット at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

エイプリルフールのネタです(笑)。

下記リンクはあと2時間で消えてしまうかもしれませんが、笑わせていただきました。

旅行会社、超エコノミークラス(ヒットした2件をクリックすると読める)ツアーの、吊革のあるスタンディング席とか、フレキシブルとかも笑わせて戴きました。

ようやく日本の会社もこういうことをしてもOKになってきましたが、昨年のイギリス国営放送BBCの空を飛ぶペンギンのCGを駆使したユーモアには、まだまだかなわない様な気がします。

日本でいえばNHKが4月1日に、こういう番組を放映したようなものですから。
posted by マット at 22:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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