2007年03月22日

Kunio Kishidaのソロライブに行った

前に記事に書いた押尾コータローさんのメジャーデビューは34歳であり、遅咲きと言われています。しかし、その上を行く50歳を過ぎてからメジャーレーベルからCDデビューしたのが、岸田邦雄さんです。

Playerの4月号に、岸田さんの特集記事が216ページから4ページあります。ぜひ本屋でチェック下さい。

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さて、その岸田さんのソロライブがあったので見てきました。岸田さんはバンドでのライブと、文字通り1人だけで行うソロライブの二通りのライブ活動を行っています。ソロライブはバンドの時よりもアットホームな感じのライブで、今回もサンダンスというレストランバーでのライブでアットホームな雰囲気で行われました。

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21時スタートの3部形式。会場が家から少し遠いところにあるので、23時スタートの3回目を見ると終電に間に合わなくなります。3回とも違うセットリストであることが分かっていたので、車で行き、残念ながらビールは飲めずドクターペッパを飲みました。

第1部が岸田さん1人での演奏でした。

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第2部はベースと、もう1人アコギのトリオでの演奏。
東北自動車道で仙台に向かっているイメージを歌ったというセンダイを、今回は岸田さんはドブロでスライドギターのみ演奏。
このバージョンも素朴で味がありますね。

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センダイのPVは東北自動車道ではなく、右車線を走っています。このPV?に映っているマッスルショールズスタジオという場所では過去に数々の有名なアルバムのレコーディングがされた歴史ある場所とのことですが、残念なことに岸田さんのセカンドCDのレコーデイングを最後に閉鎖されたらしいです。

この第2部では、岸田さんの息子さんがオールマンブラザーズバンドの曲を1曲歌っていました。なかなかいい声だったです。
岸田さん曰く、「歌は息子の方が上手い」とのこと。

第1部、第2部で岸田さんが使用したギターです。右からGibsonエバリーブラザーズ、Gibson L-OO、アミスターのドブロの3本。L-00は多分1930〜40年代のものではないかと思います。

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第3部はバンド形式。岸田さんはレスポールのデュアン・オールマンのシグネチャーモデルを弾いていました。
アコギも良かったですが、僕はエレクトリックギターの音が好きなので、第3部が一番楽しめました。ビール飲むのあきらめて、電車ではなく車で来て良かったです。

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アラバマボーイを演奏する前に岸田さん、ぼそっと「あらたまボーイではないよ」と、名古屋の人にしかウケないダシャレを言っているのが聞こえました。
(サッカーの名古屋グランパスエイトの本拠地がある近くに、新端橋(あらたまばし)という場所があり、「あらたま」と省略する場合が多いのです。)

アラバマボーイで、第3部は終了。

この後はセッション大会ということで、岸田さんの四方山話に登場する方々が次々とステージに上がりました。リハなしセッションとは言っても、皆様上手な方がたばかりでバッチリ決まっていました。四方山登場人物の1人、「俺は直角」さんなどは、東京からこの日に出張を合わせて来たらしいです。

セッション大会が終わった時には日付が変わっていました。

岸田さんは4月にアメリカ公演&3枚目のCDレコーディングのために渡米するとのことです。その前の3月末に、近所でソロライブをやるらしいので、今度はビールを飲みながら岸田さんのギターを聴こうと思っています。
posted by マット at 21:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

オリジナルメンバーのエイジアを観た

押尾コータローのライブの翌日は、オリジナルメンバーのエイジアを見に行きました。
前日、押尾さんのライブの帰りに「大人のロック」を本屋で見たら、
ジョン・ウエットンとジェフ・ダウンズの来日直前インタビューが出ていました。
1983年の来日直前のウエットン脱退劇は「クビになった。アルコールの問題と、変な服を着ていたから。」と言っていました。アルコールはともかく、変な服って何なのでしょうね。
ウエットン氏、過去一番いいと思うアルバムを問われて、スティーブ・ハウが抜けて自身が復帰した3枚目の「アストラ」と答えています。本人がいないとはいえ、この発言、ウエットンとハウの不仲説はいまだに続いているのでしょうか?
ところで、この日まで気がつかなかったのですが、「大人のロック」って出版社が日経BPなのですね。日経新聞の関係会社が取り扱う内容として、ロックとは意外に思いました。

エイジアは、僕は1983年の時に日本武道館に見に行きました。このときはチケットを買った時点ではオリジナルメンバーのはずだったのに、直前にジョン・ウエットンが脱退。「エイジアinエイジア」という全米生放送の日だったように記憶しています。これがあるがために、声が似ているグレッグ・レイクがモニターの歌詞を見ながら歌って強行するという日本公演でした。一説によるとバンドに加わったのは来日の2週間前だったとか。これが本当ならグレッグ・レイク、曲を覚えるのがたいへんだったことと思います。

僕は過去3回エイジアを見ています(83年と90年2回)。
他のメンバーの演奏も全員バラバラで見たことがあるのですが、4人揃っての演奏を体験するのは今回が初めてでした。(表を参照下さい)
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ちなみにジョン・ウエットンが巨大化したのは、96年と97年の間です。
前年のスティーブ・ハケット&フレンズの時は普通の体型だったのに、わずか半年くらい後の「アークエンジェル」のツアーで来日した時に急に成長していて驚いたのを覚えています。

今回はツアーグッズは購入しませんでした。CD売場には公式ブートレッグが3種類置いてありました。僕は、このうちマサチューセッツ1983年だったかを持っているのですが、日本語による解説も付いている上に、事務所を通してジョン・ウエットンにこのライブのことを質問した内容が書いてあったりして、いったいどういった経緯でこういうブートが存在するのか疑問に思いました。サウンドボード録音ではなく、オーディエンス録音ですし。この日にロビーで売っているのを見て、なるほど本当に公式なのだなと思いながらも不思議でした。フランク・ザッパやポール・マッカートニーが、ブート対策として、ブートで出回っているものと同じ日で音が良い公式盤を出すというものとは違う様です。置いてあったものは全部82〜83年のものでしたが、既に2006年のツアーの公式ブートレッグもあるようです。まさかこれもオーディエンス録音ではないでしょうね?(笑)

今回は1階の21列目から見ました。ちょうどミキサーの後ろで、最初席に着いたときはなんだか目の前がごちゃごちゃしていて嫌だなと思ったのですが、演奏が始まったら気になりませんでした。21列目というのはメンバーの昔の姿との落差もそれほど気にならない距離で、有る意味、程良い場所であったと思いました。

威風堂々のSEに続いてタイム・アゲインでスタート。ファーストとセカンドが中心で、さすがに「アストラ」からの曲はありませんでした。(笑)

各々の所属していたバンドの曲も披露してました。カール・パーマーはELPの「庶民のファンファーレ」。ワークスに入っているこの曲、僕がギターを始めるきっかけになった高校時代の友人が高校1年の文化祭で演奏した曲なので懐かしかったです。あとカール・パーマーは、今回はドラムソロの時には恒例のシャツ脱ぎパフォーマンスがありませんでした。

ジェフリー・ダウンズは当然「ラジオスターの悲劇」でした。ウエットンが出だしをハンディー拡声器を使用していて、原曲と同じ効果で歌っていたのが面白かったです。
そういえば椎名林檎も同じ方法で歌っていた曲がありましたが、バグルスのパクリだったのでしょうか?
スティーブ・ハウはイエスのラウンドアバウトでした。イントロが始まった時には、あの「ひとり少年合唱団」のジョン・アンダーソンとの違いが心配になりましたが、ジョン・ウエットンのボーカルは意外にも違和感ありませんでした
ジョン・ウエットンはキングクリムゾンの曲でした。
しかし演奏したのはファーストの「クリムゾンキングの宮殿」。
この曲ってウエットンではなく、グレッグ・レイク時代の曲ですよねぇ。
違和感は無かったですが、あたかも自分のいた時代の曲のように堂々と歌うウエットン氏はスゴイと思いました。96年のスティーブ・ハケット&フレンズの時も歌っていましたが、あの時はイアン・マクドナルドがいたからまだ分かりますが。せっかくだから「放浪者」とか「フォールンエンジェル」でも演奏してくれたら良かったのにと思いました。

アンコールの1曲目のライド・イージーという曲だけが、知らない曲でした。
シングルのB面で、アルバムには収録されなかった曲のようです。

それにしてもオリジナルメンバーでエイジアを観ることができるとは思いもしませんでした。
10月に観たウエットン/ダウンズもかなりエイジア度が高いと思っていましたが、やはりスティーブ・ハウとカール・パーマーの二人が加わったエイジアは本物でした。
posted by マット at 20:26| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

6回目の押尾コータローライブ

僕が押尾コータローを知ったのは、メジャーデビュー後2枚目の「ドラマティック」を出した後であるが、愛知万博のステージ等も入れると、今回で彼のライブを観るのは6回目(!)である。

押尾さんのライブは下は小学生から、上は僕らの親の世代くらいの人たちも来ていて、観客の年齢層はかなり広い。

今回のツアーは北海道から沖縄まで32箇所で行われているが、押尾さんファンの ニコちゃん によると、全公演制覇をもくろんでいる凄い方もいるらしいです。

家を出る前に、新作CDについていたミサンガを家人に右手に結んでもらいました。
落とさないように固結びしてもらったら、取れなくなり現在も着いたままです。
ジーンズにトレーナー、ジャケットというラフな格好で通勤しているので、見た目に違和感は無いと自分では思っているのですが、おっさんがミサンガを着けているのは・・・、
やはり変かも。(汗)
ミサンガが切れた時に願い事がかなうということになっているらしいのですが、そのことを知らなかったので結ぶときに何も願い事をしていません。(笑)

10月の押尾コータローさんライブを見に行ったときには、先着の限定数だけのグッズ購入者にサイン会がありました。そのとき僕はゆっくり行ったので当然権利はゲットできず。
なので、今回は少し早めに行ったら開場前に並ぶ方がたの前から20人目くらいに位置することができました。
しかし開場とともにグッズ売り場に行ったら今日はサイン会は無しとのこと。orz

購入したのは、今回の「色をテーマにしたツアー」特製の12色のギターピック12枚。
僕はこの手のピックは使わないので、記念の飾り物としての購入です。1800円也。

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奏法解説が入っているので、新作DVDも購入しました。これには先着100名で本人直筆サイン入りポストカードが付いてきました。

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目の前で書いてもらうサインに比べて、ありがたみに欠けるのは致し方ないことか。

今日は2階席でした。2階席が少ない会場だったので前から2番目でしたが、すぐ後ろは通路でした。

しばらくすると、客電が落ちてSEのようなギターが聞こえてきました。初めて押尾コータローさんのコンサートを見に行ったときには2分くらいこれが続いたと思ったら、実はSEではなく本人がそのままギターを弾きながら舞台上手から現れてびっくりしたことがありました。だから今回も予想はしていましたが、2分くらいこの“SEのような音楽”が続いたあと、舞台後部に垂れ下がった布が上がって本人が現れたときの会場の盛り上がりが良かったです。

最初の5〜6曲は1曲終わるごとにギターを交換していました。曲ごとに異なるチューニングなのでしょう。押尾さんはインディーズの頃、ギターが1本しか無いときにはチューニングを変えるのに都合がいいようにセットリストを組んでいたこともあったそうですが、現在はギターが何本もあるのでその手間は省けていますね。あるいは、「曲に合ったギターを使う」ということも雑誌に書いてあったので、同じチューニングでもギターを交換していたのかもしれませんけど。

18弦ギターのシンパストを使用するときには、ギターの説明をしたり、ヨガの音楽を弾いたり、沖縄でのエピソードを話して会場を笑わせた後、「星砂」を演奏しました。ピエゾの取り付け位置の影響?のせいか、CDで聞くような「ビヨーン」という感じの音ではなく普通っぽい音に僕には聴こえました。

「セピア色の写真」を演奏する前のMCでは、小学生の頃に秘密基地を一緒に作った友達が楽屋を訪ねてきてくれた話、子供の頃撮った写真が「セピア色」で、という話でした。おかしかったのが、転勤が多い家庭に育った押尾さん、引越しは大好きだったけど嫌だったのが学校での自己紹介だったそうです。名前は「おしお こうたろう」です。と言うとクラス中が大爆笑になるのが嫌だったとのこと。僕は、押尾さんが説明するまで何で大爆笑になるのか分かりませんでしたが、「こうたろう」というのは大阪弁で「買ってあげましょう」という意味で、「お塩買ってあげましょう」と、そのままセンテンスになっている名前だからなのだそうで、その解説で会場は大爆笑でした。

名古屋出身の人の曲を演りますと言って、ピンキーとキラーズの「恋の季節」と、あみんの「待つわ」を演奏してくれました。今陽子さんが名古屋出身らしいのですが、会場の観客から「岡村孝子は名古屋ではなく岡崎」と突っ込みを入れられていました。僕は、岡崎だと1時間で名古屋に来れるので通勤圏だし同じように思うのですが、名古屋の方にとっては岡崎のあたりは三河で、違う地域らしいです。

恒例の1人メンバー紹介では、タカミネの押尾コータローシグネチャーモデルのKO−50を使用していました。この赤色、本当にレッド・スペシャルとそっくりの色です。
(写真のギターは10月のライブの時にロビーに飾られていたものです。ハイフレット部分に押尾さんのサインのインレイが入っています。受注生産受付のためのディスプレイでした。)

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インディーズ時代の「Dancin’ コオロギ」でメンバー紹介ですが、最近微妙に「Dancin’ コオロギ」ではなくなってきている気がします。
メンバー紹介は、ベースプレイヤーの押尾コータローでスタート。東京でロックバンドをやっていたときにはベースを弾いていたという押尾さん、「ベース」も上手です。(以前、タコマのバリトンギターで弾いていた「ファイト!」の奏法などは、ベースプレイヤーだった頃の経験を生かした曲だと思います。)
この後2階席にも上がってきてくれました。狭い二階席だったので、僕のすぐ横まで来てくれて手を伸ばせばネックに触れてしまえる距離で押尾さんの演奏を見ることができました。ちなみにそのときは「ゲゲゲの鬼太郎」を弾いていました。^^

フォークギタリストの押尾コータローでのアリスの「チャンピオン」では、普段は指でギターを弾く押尾さん、ツアーグッズで売っているカラフルなピックに自分で突っ込みを入れてました。
名古屋弁で「押尾コータロー、ピック使わないだぎゃ」といって、(だったか?名古屋弁自信ないのでこう言ったか定かではありませんが。^^;)おもむろにマイクスタンドに貼ってあったピックを手にとって弾いてました。弾き終わった後にピックを会場に投げていましたが、今まで見たギタリストの中で一番?と思えるほどの飛行距離で遠くまでピックは飛んでいました。

エレキギタリストの押尾コータローでは、今回はスモークオンザウォーター終了後に、モニターにギターを向けて何度もフィードバック奏法を見せてくれました。

あっという間に2時間少しが経過して終了、その後アンコール。

アンコールで「ビッグブルーオーシャン」を弾く前に、新作DVDには隠し映像があると押尾さんが言っていましたが、現時点僕には見ることができていません。^^;

ラストは盛り上がって総立ちの観客に「座りましょう」と呼びかけて、美しい「インディゴブルー」を演奏しました。この曲好きです。ノーマルチューニングらしいので練習してみようかなぁと思いました。ハーモニックスが入ったイントロが難しそうなのですが、購入したDVDでは弾き方を押尾さん自ら教えてくれています。(教えてくれても簡単に真似できないのが押尾さん奏法ですけど。)

押尾コータローさんのライブ、今回も楽しくて明るい気分になりました。演奏が素晴らしいのはもちろんですが、押尾さんの楽しい話を聞いて笑わせてもらうのが楽しみで足を運ぶ部分も大きいように思います。
本当は二日とも観たかったのですが、二日目はエイジアとかぶったので断念。そういえば、今回エイジアが演奏する会場は、押尾さんが昨年パノラマツアーで演奏した会場です。
posted by マット at 23:14| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

ウイグワムに遭遇した

今日は昼から大阪出張だったのですが、新幹線のホームで明らかにロックバンドと思える団体に遭遇しました。欧米人4人。長髪の方を含めて「ロック」のオーラが漂っており、周囲には写真を取る人たちやサインをお願いするファンの方がたがいました。

wigwamしかし、僕は見たこともない人たちでした。

フライヤーにサインをお願いしている人がいたので、覗き込んでみたらWIG WAMというノルウェーのロックバンドで、昨日は名古屋のクワトロでライブをやったようで、今日の大阪でのビッグキャットでのライブのため移動中のようでした。


このバンド、ウィグワムの日本語サイトには次のように書かれています。

「派手な外見とパフォーマンスで魅了するノルウェーのグラムロックバンドウィグワム!!
ノルウェーでは知らない人はいない、そして子供から大人まで幅広く支持されているWIG WAM!!
70~80年代のハードロックを彷彿させつつポップでメロディアスな彼らを日本でも応援する為のサイトです。」


なんとなく彼らの音楽を聴いてみたくなってしまいました。
posted by マット at 20:49| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする