2006年02月28日

サグラダファミリア(聖家族教会)

写真見ていたら記憶がよみえってきたので、バルセロナネタで引っ張ります。(笑)

Q+PRのバルセロナ公演の時の旅は現地3泊の超短期間滞在でした。
3/31の朝飛行機に乗って、同日の夜にバルセロナ着。
宿はガウディーのサグラダファミリアまで歩いて10分という近さでした。
チェックイン後、さっそくサグラダファミリアに行った。
圧倒される様な存在感でした。
d4 サグラダファミリア3.JPG

ふつう海外に行くときは気合いが入って、かなり前から荷造りをしそうなのものですが
何故かこの時はその辺に行くようなノリで前日の夜に荷造りしました。
そのせいか、近くのバルの前の歩道の席からビールを飲みながら写真でしか見たことのなかったシュールなサグラダファミリアを見上げて「なんでオレはここにいるんだろう?」と不思議な気分になったのを覚えています。
サグラダファミリア9.JPG

翌日は前述のサンパウ病院まで地下鉄で行って、そこから再びサグラダファミリアまで
歩いた。サンパウ病院からサグラダファミリアはすぐ近くで、こんな感じで見えてきます。
サンパウ病院からサグラダファミリアに歩いていく途中.JPG

昨晩と同じ様な角度で見上げた写真です。
サグラダファミリア23.JPG

サグラダファミリア21.JPG

完成まであと100〜200年と言われている様に、中に入るとヘルメットをかぶったオッサンがいる、ふつうの工事現場だったりします。(笑)
工事現場.JPG

エレベーターは並ぶのが嫌だったのと、歩けば上までタダなので階段で上まで昇りました。
階段を昇る.JPG

この階段はアンモナイトをイメージしたものらしい。
ガウディーはアンモナイトをデザインしたとのこと.JPG

階段で昇る途中.JPG
階段を上から見たところ.JPG
再び外.JPG

やはり工事現場だったりします。
サグラダファミリア14.JPG

反対側の塔を見る。
サグラダファミリア15.JPG

先端の部分です。
サグラダファミリア14.JPG

なんだか本当にシュールな建物でした。
ちなみにサグラダファミリア教会とはいうものの、メインの教会堂には
まだ着工すらしていないらしいです。
posted by マット at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

お宝自慢(バイク編)

BBAのQ仲間で、昔バイクに乗ってた人達と知り合いになった。
忍者さん、YKさん。

バイク関係所有物の写真をアップしました。

1987年シーズンにGPでフレディースペンサーが実際に着ていたツナギ。
スペンサーが’87GPで着てたツナギ.JPG

1993年日本GPにヤマハから2度目の復帰を果たした時にフレディースペンサーに
書いてもらったサイン。
フレディースペンサーにもらったサイン.JPG

1990年の日本GPの時に今は亡き“サー”バリーシーンに書いてもらったサイン。
ケビンシュワンツの応援でスズキのところに来ていた様でした。
バリーシーンに90年のGPの時にもらったサイン.JPG

ちなみに下の二つは手放して、現在は彼らのファンの方がたが現在所有しています。
posted by マット at 22:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月26日

これも偶然でした

バルセロナネタ、写真見ていたら懐かしくなってきたので続けます。

宿泊した宿も、中はリフォームされて小奇麗でしたが古い建物、
エレベーターは手動で開け閉めする方式でこんな骨董品ものでした。

宿のエレベーター.JPG


昨年のこの旅は短期間だったので、荷物はこれだけでした。
普段、会社に行く時と同じ大きさの荷物(笑)。
今回の旅の荷物.JPG
宿でチェックインするときに僕の前の人がたいそうなトランクを持ち込んだせいか、
「え? これだけですか?」と驚かれてしまった。

部屋の一角にはこんなシャワーも付いており、なかなか快適でした。
シャワー付き.JPG

この写真の左側の長袖Tシャツ、このときの旅用に出発前に近所で購入したものでした。
色が気に入って特になんにも考えないで購入して着ていました。
宿の部屋.JPG

で、表題の件をこれから書きます。実は自分でも気がついていなかったのですが
2月4日のBBAでのQセッション、60人以上入ると真夏の状態になると聞いて
これを着ていってステージではこれ着用してギターを弾いた。
来場された方はこのTシャツを見覚えある方も、もしかしたらいるのでは?と思います。

実は僕も何にも考えないでQ+PRを見るために、バルセロナに行く1週間前に購入してこれをもっていったのですが、BBAに2/4に出発する前にそれまで絵柄だと思った
黒い模様が文字であることに気がつきました。
(Bitchと書いてあるトレーナーを着て堂々と歩いている可愛い女の子をその朝見て気になって(爆)、一応京都行く前に確認してみたら字であることに気がついたのでした。)

で、何て書いてあったと思います?

「NOTHING REALLY MATTERS」と書いてありました。ボヘミアンラプソディーの最後のほうで出てくる歌詞の一部が書いてありました。ビックリ。

これ着てバルセロナまでブライアンに会いに行っていたわけです。この偶然には我ながらびっくりしました。
(Tシャツ買うときはデザインくらい気にしろよ!>自分)
posted by マット at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

バルセロナの街は芸術作品があふれていた

これはカサミラの近くにあるカサバトリョという集合住宅で、
やはりガウディーの作品である。バルセロナは街自体が芸術的な雰囲気があった。

夜のカサ・バトリョ.JPG


バルセロナでは現代建築も芸術的である。
これは「ウォールデン7」という集合住宅で、リカルド・ボフィールという人の
作品である。レゴを組み立てたような奇天烈なデザインは印象的である。
これも日本で言うところのマンションであるが、シュールな感じである。
いったい、どういう人がこういうところに居住しているのであろうか?

レゴを組み立てた様なデザイン.JPG

ウォールデン7.JPG

日本で言えばマンションか.JPG

これはグエル公園の入り口階段。
グエル公園入り口階段.JPG

グエル公園はガウディーがグエル卿とともに計画した住宅地であるが、
2軒しか家は売れず(1軒はガウディーが購入)、失敗した場所を市が買い取って
公園にしたものである。

これは波を横から見たところをイメージしているらしい。
海の波を横から見たところをガウディーはイメージしたとのこと.JPG

グエル公園で飲んだサングリアとサンドイッチ。美味しかったです。
サングリアとサンドイッチ.JPG

これは有名なタイルを破砕して作ったデザインのベンチ。
いかにもガウディーデザインと思われることが多いらしいが、実は弟子のジョジョールの
作品とのことである。
グエル公園のベンチ.JPG

ベンチの上にバルセロナの楽器店で見つけたクイーンのギター教則本をのせて写真を撮った。
これはCD付きであった。日本で売っているCD付きのはギターの音がイマイチなのだが、このWOLF MARSHALLという人のはかなりブライアン度が高い音でGoodです。
しかし額面22ドルのものに29ユーロも出して買ってしまった。orz 1ユーロ≒140円。
ちょっと失敗したかもしれないが、自分へのバルセロナみやげということで許そう。

グエル公園は上のほうに行くと、有名なサグラダファミリア教会も見える。
この建物は建て始めて100年以上経過する今も建築中。完成までまだ百年〜二百年は
かかるといわれている。完成すると現在よりもさらに高い200mくらいの尖塔が
出来るらしい。完成状態が見れないのが残念だ。
いまだ生まれていない世代の人間だけが完成作品を見ることができる。

また、遠くに見えるのがモンジュイックの丘であり、ここに1992年のバルセロナオリンピックの時のメイン会場や、オリンピックの時にバスケットボールなどの競技が行われた「サン・ジョルディー」がある。
サグラダファミリアが見える.JPG

グエル公園よりモンジュイックの丘を見る.JPG

これは日本人の磯崎新の作品である。このサンジョルディーはクイーン+ポールロジャースのコンサートの会場であった場所で2万人収容できる場所である。
磯崎新の作品.JPG

バルセロナではガウディーと同時期の建築家、ドメネク・イ・モンダネルの作品も多い。
これはサンパウ病院で、おとぎ話の様な美しい建物であった。
病人の気持ちを明るくすれば、病を治すのに有効であるというコンセプトで建てられたらしい。病院なのに観光地となっており、ガイドツアーもあった。時間が合わなかったので残念ながらパスしたが。
サンパウ病院.JPG

これを設計したドメネクは後に国会議員になったり裕福な人生を送ったとの事である。
晩年に貧窮を極め、腹が減って街をさまよっている時に路面電車に轢かれて亡くなった
ガウディーとは違う人生であったようだ。だが少なくとも日本人である我々にはガウディーの方が名が知られているように思う。ガウディーは不幸な人生の終焉を迎えたかもしれないが、
人生の最高な時期においては輝かしい時期もあったわけである。
posted by マット at 13:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

カサミラ

またバルセロナネタです。

Q+PRの当日は夕方まで市内観光をしました。
これはカサミラというガウディーが設計した集合住宅です。
現代のいわゆる日本で言うところのマンションなのですが、この曲線美は芸術ですね。

カサ・ミラ.JPG

入場料を払えば中に入れるのだが、なんと100m以上の長蛇の列。
並んでまでして入るのも嫌なので、結局入らなかった。
明日早い時間にくれば大丈夫と思ったからだ。
しかし前述の様に、コンサート終了後4時頃まで飲んでいたので結局、
翌日も長蛇の列。またくればいいやと思った。(今度は10年後か?)
posted by マット at 00:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

バルセロナで聴くバルセロナ

忍者さん、MFCオーナーさんに触発されて“パエジャ”ネタで書いてみます。
MFCオーナーさんにいたっては「触発返し」であります。(笑)

1月28日、このブログを始めて2つ目の記事にQ+PRを見にバルセロナに
行ったことを少し書きましたが、「パエリア」を「パエージャ」と発音する事を
当地にて初めて知りました。
大昔、19歳の時に一度だけマドリッドとグラナダに行ったことはあったのですが、
そのときはスペインでは全く英語が通じない事を知らず、食事するにも苦労した
苦い経験がありました。
で、この前バルセロナに行く時まず暗記した単語は「セルベッサ」。
これはビールの事です。
この単語を憶えたことは99%成功しましたが、発音がイマイチだったのか1回だけ
飲み屋で「セルベッサ」と言ったら店のネーチャンが指差す先に「セルビシオ」が
あったことがありました。(セルビシオ=トイレ)

スペインではレストランに入るのにはかなり準備がいる(金銭的な面やしきたりなど)こと
が事前調査でわかっていたので、最初から避けてバルを中心に食を得ていました。
バル(BAR)というのは、午前中は喫茶店、昼ごろからは食事が出来て、夜は飲み屋
という形式の店です。シェスタ(昼寝時間。スペインでは一般に店は閉まる)でもバルは
開いているようであった。気軽に入れる大衆向け店、といったところです。

前日のQ+PR公演の演奏が終わったのが翌日の0時30分頃(日本と違って始まるの時間も遅い)、その後知り合った方がたとハードロックカフェで4時頃まで飲み明かした。
なので、翌日は寝坊。そして宿の近くのバルに行った。
天気もいいし、せっかくだからこの日は外で食べた。

バルの外の席.JPG

ここでパエージャを昼間にワインを飲みながら食べた。
もしも日本なら通行人に気がひけて多分店の中を選んだと思う。バルセロナ万歳。

パエリヤ.JPG

パエジャを食べ終わると追加のパンと一緒に鶏肉料理も出てきた。

鶏肉付き.JPG


値段は10ユーロ(1400円くらい)で、思うより安くはなかったと思う。
だが、レストランではもっと高いはずだ。
スペインは(というよりユーロがかもしれないが)、食に関しては思うよりも貨幣価値は
日本と比べて低いわけではないような気がした。

表題は意味不明と思われるかもしれませんが、
このときパエージャを食べながら、赤ワインを楽しむかたわら、
バルセロナでフレディーが歌うバルセロナを聴いたのでした。


バルセロナで聴くバルセロナ2.JPG


(上の写真、クリックするとオーディオプレーヤーの曲目が見えます。でも全然ウケない様な悪寒が。。。)




posted by マット at 20:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月20日

プログレオリンピック

ライブハウス「涅槃」に、表題ライブを見に行った。
このライブは「プログレオリンピック」という題目だ。
4バンド全てプログレッシブロック。さすがに皆さん技巧派であった。

プログレオリンピック.JPG


はじめちゃん、先日のBBAでのLiarを歌いながら脱ぐ技は封印し、
カッコイイベース弾きに徹していた。

カウンターで生ビールを注いでもらっているときにMFCオーナーさんに会った。
神出鬼没のJun Greenさんも来ていた。

Junさん、今度は4月16日にBBAでCozy Powellのセッションを計画しているとの
ことで、参加を誘われた。
まだ2ヶ月先のことだが、参加してみたくなってしまった。
参加するならブライアンの曲? ブラックモア? ゲイリームーアか?? 悩むところだ。

しかし、Junさんからの僕への参加条件は「奥さん同伴」という難問。
家の外でまでヘタレギタリストの音を聞きたくないないはずだし、困ったものだ。
posted by マット at 00:03| Comment(11) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

宇井かおりさんの“復活”

宇井かおり、というミュージシャンがいることを僕が知ったのは2003年の10月のことであった。彼女が失意の底から音楽シーンに復活してから以降の事である。

僕は彼女がメジャーレーベルからデビューして華々しく活躍していた時期には
全く「宇井かおり」という存在を知らなかった。
ある意味フレディーの亡き後にクイーンを聴き始めたクイーンのファンと同じような
ものかもしれない。

2003年10月に近所の図書館で、
あなたが空へ帰る日  ― ヘリコプター事故で逝った妹へ。
という本をたまたま手に取った。その時には、ああ、そういえばこんな事故があったなという程度で、著者の「宇井かおり」という人物がシンガーソングライターの方であるとは全く知らなかった。

今日この文章を書くに当たり、その図書館から本を借りて再び読んでみた。

3枚目のアルバムレコーディング中、妹さんが乗るトヨタ自動車の社内移動用ヘリコプターが墜落したみたいだ、とのニュースに接する場面から文章は始まる。親を亡くした人間は多いと思うが、若いうちに自分の兄弟姉妹を亡くした人間は少数であろう。
だから機体の残骸が発見され、お葬式、その間の様々な人間模様、宇井かおりさんのそのときの気持ちなどは本に書いてある以上のことは分からない。だが妹さんや、ご両親に対する優しい気持ちは伝わってくる。

僕は今日この本を再び読んで、何で「宇井かおり」という人の音楽を聴いてみたいと思ったかが分かった。第六章の「捧げる歌」で終わっていれば多分聴いてみたいとは思わなかったと思う。
実際、この本は第六章で終わったとしても全く問題のない構成だと思う。

だがエピローグ的な、第七章「私の人生」で、「今の宇井さんの音楽に可能性が見えてこない」といわれてバッサリとレコード契約を切られてしまう。自分を全否定されてしまった宇井かおりさん。彼女のファンでもあり、NO.1サポーターでもあり、よき相談相手であった妹さんは、もうこの世にいない。

宇井かおりさんはこう書いている、「妹の死が私をふ抜けにしてしまったのではない。むしろ私の中にある音楽性は鋭くなっているように感じていた。しかし、それは私を売り出そうとしてくれていた人達には伝わらなかった」と。

でも、少なくとも僕には伝わってきた。彼女の存在を知ったのは10月26日、本を読み終えた後にインターネットで検索したら、なんと翌日に近所のライブハウスで宇井かおりのコンサートがあることを知った。
何たる偶然、たまたま本を手に取り、その翌日にご本人のライブを経験することが出来るわけであった。

翌日見に行くと小さなライブハウスではあったが満員であった。彼女がかつて経験したであろう大観衆は存在せず、ギタリストと二人というシンプルな構成であったが、彼女の美しい声は僕の心の琴線に触れるものがあった。

レコード契約を切られた後も何とか東京で頑張ろうと思って、喫茶店でウエイトレスをしたり、お歳暮カウンターで接客業をしながらも、ワンルームの部屋に戻り涙をボロボロこぼしながら「苦しいよう」と声に出したこともあったそうだ。そんな毎日の中、ふと「家に帰ろう」と思い立ち、化粧もせずに財布だけ持って部屋を飛び出し、始発の新幹線も到着していない東京駅の風景。カラスからも「負け犬」といわれているように感じたという文章からは寒々とした朝の風景が伝わってくる。

その後インディーズレーベルからCDを出すことになった経緯は、彼女自身に語ってもらったほうが良いだろう。Get TVの2002年11月16、17、18、19の四日間
に彼女を取材した動画がある。

僕は宇井かおりさんの歌が大好きになってしまった。
posted by マット at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

Serendipity セレンディピティ

このタイトルを見て僕は1983年のことを思い出した。

これは宇井かおりさんの最新作のタイトルなのですが、
初めてこの英単語を耳にしたのが1983年、僕の恩師から聞いた。

確かもともとの意味はセレンディップという国の王子が旅に出て、
最初には思いもしなかった偶然で、思いもしなかったものを得た。

という様な西洋の寓話が語源である。

このときに僕の恩師が言った内容は正確に覚えている。
と、いうのはそのときのメモが残っているからだ。
「Serendipity=偶然のことから最初求めていたのと違う面白い結果を得ること
 または能力」

その後、白川博士がノーベル賞(導電性ポリマー)を受賞した研究も偶然
研究者の学生さんが実験を失敗したのがきっかけであった。

田中耕一さんのノーベル賞も然り。

で、何が僕がいいたいかというと人生は偶然の連続なのではないか?
ということなのです。

僕が「宇井かおり」というミュージシャンを知るきっかけは偶然で、
そのことを次に書こうかと思っています。
posted by マット at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

バレンタインデーのライブ

今日は宇井かおりさんのライブを見てきた。

ui0.JPG
ui1.JPG
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素敵な歌声でした。

今日はご自身の歌ではなく、全曲洋楽のカバーでした。
ビートルズ、カーペンターズ、エリッククラプトン、サンタナ、、etc.

カーペンターズの曲などはカレンにそっくりな歌い方で、シングを聞いているときは
目をつぶるとシングがはやっていた頃、自分が小学生の頃の情景が目に浮かんだ。

ふと思うと、シングって確か、

「へたでもいいから、躊躇しないで、誰かに聴かすためにうまく歌おうなんて
 思わないでいいから、歌を歌いましょう」

という様な歌詞だった気がする。

「歌」を「ギター」に置き換えれば、先日のBBAでのヘタレギタリストへの
応援のような気がしてきた!(おいおいっ>自分)
 
いつの日かBBAで、宇井かおりさんの歌う
クイーンの曲でギターを弾いてみたい。。。(あり得ないですね。(笑))

わざわざ僕のために控え室まで取りに行ってくださった新作のCDに、
サインまで戴いてしまいました。

ui0.JPG

一生の宝物とします。
宇井さん、どうもありがとうございました。m(_ _)m

posted by マット at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

BBAセッション体験記(その1の続き)

まず初めに。。。。
表題は本当は(その2)なのですが、忍者さんのブログのコメント欄にありますように僕も願望を込めて(その1)としました。

前回書いた様に、予定に無いラストホライズンをいきなり弾かされてしまい、参ってしまいましたが直後に第二部がスタート。「得落作愛」、なかなか楽しめました。

続いて「抑圧下」、よっしい☆がベースで、淳さんがギター。
新婚さんのまっつ&のむりんによる歌。
そういえば淳さん、開始前音作りしているときに、さもさんから「じゅんさん」と
マイクで呼びかけられて淳さんとJun Greenさんが同時に振り向くということがあった。
すかさず、さもさん「いや、ギターのじゅんさん」。
Jun Greenさん「オレも今日はギター弾くんだけど。」
笑ってしまいました。

「貧乏人サミー」の時、え? よっちゃんって男だったんだ。。。
RAGのときは女装していたので、女性かと思っていました。(よっちゃん、ゴメン)

「宇宙王子」が始まる頃には、「そろそろ酔いを醒まさなければ1/15の再現になってしまう」
と思ってカウンターの中にいるCharlyさんに立て続けに5杯ウーロン茶をオーダー。

この後は”Acid Note”のスペシャルライブだ。激しい。。。
平均年齢20歳くらい? さすがにパワフルだ。
カウンターに座って一生懸命にウーロン茶を飲みながら見ていると、
○さんが「彼らだけリハーサルやってるんだよなぁー、ずるいよなぁ(笑)」と一言。
確かに見事に決まっている。
演奏が終わりJunさんが出てきた。
いきなり「では皆さん、Acid Note にアンコール。ストーンコールドクレイジー、
みんな聞きたいよね?!」と観客を煽る。
メンバーはビックリしているようだ。
(やっぱりJunさん「虹をつかむハゲギタリスト」の様にイタズラして人がうろたえているところを楽しんでいるのでは。。。)
しかし演奏力がバツグンのバンド、1分くらい各人個人練習して演奏スタート。
バッチリ決まっている。リハをやらなくても上手い。

この後第三部がスタートし、いよいよ自分の出番。しかし、酔いはイマイチ醒めず。。。。
自分の出番前の「我与生続」を「TOMさんのギター、いいなぁ」などと、ぼ〜っと見ていた。

そしていよいよ「私夢中愛車」。キヨタカさんがベース、ぼじおくんがドラム。
舞さんのピアノ。ボーカルはか〜やさん。そしてギターは僕。
TOMさんがサポートギターをやってくれるので「Told my girl I have to〜」のところは
僕がコードを弾いてリードギターを弾いてくれるようにお願いした。
ぼじおくんが「カウント6つではいりますよ」。
僕「OK。ところで終わりはどうするの?」
ぼじおくん「終わりは適当です。」
僕「えっ」。
演奏が始まった。
途中気がつくと自分が弾くリードの部分も弾かずにコードばかり鳴らしている自分に気づきあわてて弾く。
「適当」な終わりもなんとかなり無事終了。
とりあえずホッとしているとTOMさんが「全然弾いてないやん」と一言。
リード弾くのを忘れていたのはしっかりとバレていました。

続いて自分の出番は続く。今度は「金槌落」。
ベースはゆうちゅぁんに替わり、ボーカルはインフルエンザで欠席した佐藤様☆の代打で
HIROCKさん。コーラスはpiazzollaさん。
演奏が始まったら何故か自分のギターの音がよく聞こえなくなり、
それでもぼじおくんのスネアの音を頼りになんとか頑張ったのですが、とっ散らかってしまいまして途中でわけが分からなくなってヘタレギタリストぶりを露呈。
1/15のときにはよっしぃ☆がベースで、彼から「途中、B,E,B/F#,G,Aの部分どうします?」と聞かれたので「それが無いのでやりましょう」と答えて、
今回に向けて「WORKSのではなくジュエルズ2のバージョン」と掲示板に書いたのもかかわらず、その部分で自爆してしまいました。ORZ

ラストのウィーアーザチャンピオンは僕が弾く事になっていました。
WWRYも直前にお願いして弾く予定だったギタリストさんから譲っていただいたのは
良かったのですが、ギターが入ってくる部分、AC30フルテンだとギターのボリュームを上げるだけでフィードバックが入ってくるのですが、今回のセッテイングでは入ってこない。。。
続いて「グワーン」とカッコよく“C”のコードを鳴らしたつもりだったのだが「ペロ〜ン」
でガックリしました。
本当はこんな感じで演奏するつもりでした。(昨年7月に友人とスタジオで遊んだ時の音源です)
そして終了と思ったら、え?まだ続くの?という感じでいつ終わるかもわからず。。。WWRYは果てしなく続く。。。参った(汗)
とりあえずEのコードを鳴らしてその場をしのぎました。

そして最後の「伝ちゃん」、僕は昔バンドやっていた時はB級バンドだったから前座扱いでガラガラの客席に演奏することが多かったので(大相撲の昼間から衛星放送やっている部分のガラガラを想像ください)、観客が全員大合唱で盛り上がっているのをステージから演奏しながら見て感激しました!

クイーンセッション最終が終了したのは23時35分。その後アフターセッションが0時頃まで。その後4時頃まで残った人たちと飲み続け、最後にタクシーを呼んでもらい
jazzさん持参の札幌名物スープカレーが残っていたので食べて帰りました。

jazzさんのおみやげ.JPG

失敗てんこ盛りでしたが楽しかった!

外に出ると少し雪がちらついていた。。。




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2006年02月09日

閑話休題

BBAネタ、誰も読んでいない気配があるので閑話休題。

ブライアン愛用の弦、オプティマのブライアンメイモデルが発売になっているのを先ほど発見しました。


OP2028BM.jpg

元はマキシマという弦だったのですが、企業買収かM&Aか経済オンチの僕にはよく分からないけど名前が数年前にオプティマに変わった。
ブライアン愛用のオプティマの弦は24ゴールドで表面処理してあり金色をしています。
実は誰も気づかなかったと思いますが、先日BBAに持っていったギターにはオプティマの弦が貼ってありました。結構有名な弦ではあるのですが、残念ながら日本では売っていない。
ヨーロッパからの個人輸入となってしまいます。
値段は1セット1200〜1300円(為替相場で変わる)ので、高い弦と思われています。
しかし、僕が現役バリバリでバンドをやっていた80年代前半はアニーボールのピンク色のが1200円していたのです。だから別に高価だとは僕は思いません。
(この辺の感覚が分かる人は先日のBBA参加の同世代ギター弾きにいっぱいいると思う。若い世代の人達には多分分からないだろうなぁ。現在のアニーボール、半額以下だし。)

ほとんど笑い話なのだが、昨年10月に近所のギター屋さん(注:先日バーンズを調整していただいたギター屋とは別の店)で、ギターの調整をしてもらおうと思ってギルドのアクアスペシャルを持ち込んだときには、全然よくならなかった上に、
「お客さん、アコーステイックギター用の弦を張るのやめた方がいいですよ」と、
親切な(笑)アドバイスを受けてしまっいました。
金色の弦=アコギの弦という思考になっている様です。

で、オプティマのブライアンメイモデル、
僕が使っていたのと何が違うのかよく分からない。
一つ明らかになったのは、ブライアンはクイーン時代は.008のセットを使っていたが
現在は.009のセットを使っているという真偽不明のウワサ。
これを見ると.009である。つまり先日の日本公演は.009使用の音。
しかし、デッドスットック状態で使用せずに取ってある前のブランド「マキシマ」の
.009を自分は持っている。これと何が違うのだろうか?


と、ここまで書いたあとに気づいきました。(以下追記)
ギターのシグネチャーモデルとかだと(バーンズは高価ではないから違うが)一般に木の素材が異なるわけですが、弦の場合は太さも重要(今頃気づくなよ>自分)。

上記手持ちのものと、上の広告とを比べたら4弦1本のみ従来のセットより.001インチ細かったです。つまり.025が .024へと変わっていました。
これが、いったいどのような影響をもたらすのか興味あるところです。
でも多分比較しても自分には分からないと思う。
それに今はマネして.009を使うつもりはありません。
と、いうのは2月4日にBBAにバーンズをもって行ったのは、
きっかけは2月3日のところに書いたけど、決めた理由は張ってあった.008がすごく弾きやすかったからでした。

最近はチューニングが狂いにくいというSIT(Stay In Tune の略)という.0085から始まる弦を使用していたのですが、
久しぶりに.008を弾いてみたらいい感じだったからです。
ちなみにSITは、あの成毛滋氏が開発したもので開発コンセプトに共感するものがあった。
しかし、それをロックナット方式のギルドBHM−1に張って使っている自分はいったい何者?(笑)
ブリッヂがケーラーでロック式ではないから、まぁいいか。^^;
posted by マット at 23:13| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

BBAクイーンセッション体験記(その1)

2月4日土曜日、いよいよクイーンのセッションの日。
人前でクイーンを演奏できるとは、少し前には夢にも思っていなかった。

北山に着いたのは17時15分頃。このままBBAまで歩いていくと17時半すぎるな〜と
思い、音作りのセッティングする時間が無いと後悔すると思い、一瞬迷ったが歩くのやめて
時間を金で買うことにしてタクシーでBBAに到着。タクシーを降りてBBAの階段を下りるところで前を歩くロジャバリンさん達から「マットさん」と声をかけられる。
MFCオーナーさんに参加費払う前に、まずロジャバリンさんに1000円を渡す。
これは11月のKweenコンサートのときに飲みすぎて金を使いまくり、彼らのCDを
買おうとしたときに金が無いくて借りたものでした。まずひと仕事完了。

参加費を払って名札を受け取ると名前の下に「要飲酒部隊!」と書いてある。
意味不明。飲めという事か飲むなという事かよく分からない。

会場で会う方がたへの挨拶もそこそこに、マーシャルアンプの前に。
反対側ではツインリバーブで淳さんがレスポールでいい音を出している。
実は淳さんって掲示板でお名前を見たときには男かと思ったのですが(スミマセン)、
うら若き乙女でした。

忍者さんに音作り終了後エフェクターをどうすればいいかを聞いたときに
「早い者勝ちで置いていけばいいよ」といわれたので終了後そのまま去ろうとしたら
TOMさんから「置いていくなよ!」のキツイ一言。「でも出番が早いならいいけど。」との
付け加えの言葉を聞きハット気づいた。果たして自分の出番は何番目なのだろうか?。。

実は1/15のBBAデビュー、にあまりに楽しかったので飲みすぎで大失敗。
ギターもうまく弾けず(もともとうまくないだろっ!>自分)、意識が所々飛ぶという
醜態を晒したのでした(実は意識が飛んだのはこの年齢になって初めてでした。
BBA初体験と、その日は初体験が二つ)。
なので、酒に弱い自分は早い出番を望んでいたのです。
最後の「伝ちゃん」を立候補してしまったのでそれは受けて立つ心構えは出来ていたが、
他の2曲「金槌落」と「私愛車夢中」は前半だといいなぁと、願望していたのでした。
更にはJun Greenさんにメールで「なるべく前に」と卑怯な裏工作を行っていたのだ(笑)。
先日の醜態を目の当たりにして、さらに終電乗り遅れた自分の宿を探してくれた親切なJunさんならば、多分前に入れてくれるだろうと思ったのであった。

しかし掲示されているリストを見ると第三部、やられたぁ〜。

daisanbu.JPG

開始予定は21時。それまで酒は飲めない。酒に弱いくせにビールが好きな自分はガッカリ。
(結局第三部が始まったのは予定を大幅に遅れる22時半でしたが。)
そこで「時間があるから醒めるし今なら飲めるなぁ」と考えを切り替えて、
さっそくキャッシュオンデリバリーでビールを一杯。

第一部スタートの18時半〜ゴッドセイブクイーンが流れる前までは飲み放題という決まりなのですがその前後は生ビールは一杯500円。
ビールを片手にくつろいでいるとJunさんが「お、飲んでいるじゃない。」とニヤリと笑いながら通り過ぎる。(後で思えばこのときにKY(危険予知)しておくべきであった。)

実は「行列」に、1/15のセッションの寸前に参加することにしていたのですが
練習不足と酒のせいでうまく弾けずその後辞退していたのでした。
1/15の前日に一発録りした際にはそこそこ弾けていたので、酒のせいが7割だと思います。
これがその一発録り。「行列」は最低6本以上はギターが必要と思っていたので、1人2〜3音
出さねばと欲張りしてコピーしました。ちなみにこれ、オーバーダビングは無しです。
2/17までの限定ですがここからダウンロードできるようにしましたので、よろしかったら聞いてみてください。
(注:ヘタレギターを聴いて気分が悪くなる恐れがありますので、不安な方はダウンロードを避けてください。)

前々日にエントリー表見たら、まだ自分の名前が残っていたのでJunさんに質問メールを
送ったのですが無しのつぶて。。。

で、第一部スタート。
うわさに聞く、はじめちゃんのパフォーマンスを見た。
「嘘吐き」を歌っている途中で服を脱ぎ始めトランクス一枚に。
しかしなぁ〜、女性ボーカルならいいけどネットオヤドルの裸見せられてもなぁ。

セイブミーはRAGで見たYKさん。僕この人の歌声好きです。
このときピアノのJunさん「すみません!失敗しました。」とやり直すこと2〜3回。
もしかして出場者の緊張をほぐすために「わざと」笑いをとっているのか?

本日で一番良かったと思ったのが「預言者の歌」、人数を動員しての人間コーラス
ご苦労様でした。すごく良かったです。音海さんの歌も素敵だ。
この試みとパフォーマンス、もしかして全世界でも初かも。


メランコリーブルースではJunさんがドラム、はじめちゃんがベース、そしてピアノと
歌は舞いさん。これも良かった!

第一部が終了し、休憩10分の間にセコイ私は飲み放題のビールを「まだ時間いっぱいあるし」と余裕でビールを飲んでいた。演奏中も「まだ時間いっぱいあるし」と2杯飲んだので都合3杯目。酔ってきた。。。
そのときJunさんが「おい、マット。TOMちゃんが行列やめるっていうから第二部の前、代わりにラストホライズンやってくれ!5分後開始だから早く用意してくれ。!」と言いに来た。
「えっ」。もしかして最初から計画されていたのでは。
Junさん、バンドのメンバーやスタッフにいたずらして喜ぶという逸話が残る「某虹の下のハゲ」の有名ギタリストの様な人なのかも知れない。

あわててチューニングもそこそこにステージへ。
エフェクターを繋いでいると直後にバック音楽開始。いきなり出だし失敗した上に3弦が半音くらい低い事に気づいた。やり直しのサインを送るもバック音楽は止まらず。
ヤケクソで弾き続けた。3弦クオーターチョーキング状態で一生懸命弾いたが、、、
観客の皆様「お耳汚し」すみませんでした!
しかし1/15BBAで弾いたときの方がもっと酔っていたのに、もう少しうまく
弾けたような気がします。このときの音源は持っていないので大きな思い違いかもしれないけど。代わりに以前Q+PR日本公演見た直後、家で弾いたのをアップします。
1/15はヘベレケ状態でしたがこれの70%くらいは弾けた気がする。
ここからダウンロードください。(容量が大きすぎてブログの機能ではアップできませんでした。このアップロードサイト賞味期限1週間です。恥さらし期限も1週間。)
これは日曜の昼間に自宅でビール500mlを飲んだとき、
家人が買い物に出かけた際、少し音量を上げて録音したものです。(集合住宅なのでマット家では厳禁行為なのです。)このときも偶然3弦がくるっていました。
このブログ「恥を晒して上達への糧とせよ」をモットーとしていますので、ヘタレギターを
聞きたくない方はお聴きになりません様に。
ちなみに使用機材はフライヤーTB、BOSSディレイ(800msに設定)、アンプは左がVOX白アンプ師匠モデル(ゲインは最低にして使用)、右側がVOX AD30VTで、ラストホライズンはAD30VTのみです。ギターはギルドBHM−1“アクア”スペを使い、ピックアップはミドル+リアのフェイズインです。

MyPhoto.jpg

弾き終わって「参った〜」とつぶやくと、TOMさんが「なんで参るの?」と、ニヤリと一言。
やはりハメラレたのかなぁ?

しかし、このときにヘタレパフォーマンス全開したせいか、
この後の出番で「あ、失敗した!」と思うことはあっても「恥ずかしい」という気持ちは全くありませんでした。
感謝すべきかもしれない(笑)。

長文になりつつあるので続きは後日。
posted by マット at 23:16| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

レポ書こうと思っていますがとりあえず。。。

ハマー.JPG


皆さんレポートしているのに、出遅れました。。。
posted by マット at 23:36| Comment(9) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

BBAセッション終了!

写真はセッション終了後、深夜3時半頃に僕が持っていったバーンズのレスペを弾くTOMさんです。
彼が弾くとヘタレギタリストの僕よりも、同じギターなのにいい音がする。

レスペ.JPG

TOMさんからは今回もいろいろ教わった。今回はコードを弾くときに「ルート音を離すのが早すぎる」と言われました。
ラリルレさん、TOMさん、いろんな方からアドバイスがもらえて嬉しい。
だんだん師匠が増えていく。。。。

posted by マット at 16:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

AC−30が無いときの音作りの研究。

京都北山のBBAでのクイーンのセッションが明日になった。今日は近くのスタジオに行ってマーシャルでの音作りを試してみた。1/15のBBAセッションの時に音作りの時間があまりなかったので、今回は短い時間でなんとかできるようにしたいと思ったからだ。

しかしBBAと同じマーシャルかと思ったら、そこのスタジオのマーシャルは1959SLP
で違うやつでした。TB−83でも全然歪まず、先日BBAで最初に試したフェンダーツインリバーブみたいな音しか出ない。確か1959はZepの時にジミーペイジが使っていたアンプなので歪むはずなのだが、、、使い方が悪いのか?。

30分間いろんな組み合わせを試し、結局マーシャルのエフェクトリターンにジャックを入れて(プリアンプを使わないで)CE−1+フライヤーTB+メイヘムで妥協できる音が出来ました。なんだか「キラキラした感じの音」になってしまって変ではありますが、、、、。
明日はこの組み合わせを基本にしてセッテイングをスタートしようと思う。

家に帰ってきて、明日に備えてギターの弦を張り替え作業を行った。
しかし、最後にロックナットのネジを締めていたら何だか変。真ん中のネジがいくら回しても
虚しく空転するのみ。。。やってしまった。外す時に緩めすぎて台座が外れてしまったのだ。
これを直すにはせっかく張った弦を全部外して、ナットを取り外し、トラスロッドカバーを
外さなければならない。
ロックナットの台座がはずれた。。。.JPG
この前ネックの反りを直したバーンズのレスペを持っていくか、それとも手になじんだギルドの“アクアグリーン”スペを持っていくか悩むところだ。

一晩寝て明日決めることにしよう。

話は変わりますが、このブログの最初の記事からkirryさんの1月16日のところのBBAの記事にトラバしてみたけど、私、ブログ初心者なのでやり方がわからず失敗しました。昨日再トライしたのですが、またもうまく行かなかったようです。今回彼の助言でkirryさんの最新記事にトラバしてみます。果たしてうまく行くでしょうか???
もっとHTMLの勉強をしないとダメなのでしょうか。。。。

posted by マット at 17:58| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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